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No11 私をスキーに連れてって・・・初代セリカGT-FOUR

2002年9月28日 車、よもやま話No11  私をスキーに連れてって・・・初代セリカGT-FOUR

映画「私をスキーに連れてって」で一躍有名になった初代セリカGT-FOUR
この車のユーザーは雪道で「凍ってるねっ♪」とやった方も多かったと思います。

この車は日本のスポーツ4WDの先駆けとなった車、と言っても過言ではありません。
さらにWRC(ワールドラリー選手権)でも大活躍した事はラリーファンには鮮明な残像として記憶されていると思います。
ランエボ・WRXファンはこの車が存在した事を忘れてはいけないし、また、敬意を表さなければならない無視出来ない歴史の足跡です。

当時最強のランチア・デルタに真っ向正面から勝負を挑んだ初代セリカGT-FOURだが、WRC参戦当初は未熟成の為、
マシン状態が芳しくなく、ステアリングを託されたカンクネンが怒って「コンナ潰レル、マシン、モゥ・・・イヤデース!」と
言ったかどうか定かでないが皮肉にも彼が去った後、セリカの快進撃が始まった。

1988年フルエントリー、1989年オーストラリアラリーで初優勝を遂げた。
そして1990年トヨタが念願のWRCドライバーズタイトルを初獲得。
日本車初の世界タイトルに輝いたのです。
この初代セリカGT-FOURは1991年までWRCに参戦して、次期モデルに栄光へのバトンを渡した。

間違い無く「硬派」の初代GT-FOURだが、映画「私をスキーに連れてって」の影響で飛躍的に売上が伸び、
ミーハーなイメージが付き纏ってしまうのが少し残念ですが考え方を変えれば「硬軟兼ね備えた才色兼備な車」だったと
思えば良いのではないでしょうか。

当時最強にして最高のラリーマシン、ランチア・デルタが1987年初参戦から1992年撤退までにWRC史上不倒の
6年連続チャンピオンという栄冠に輝いて、死闘を演じたセリカGT-FOURシリーズは奮闘及ばなかったのですが
堂々たる立派な戦歴を残したと賞賛致します。

セリカGT-FOUR、こいつは本物のスポーツ4WDでした。