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オ・フ・ク・ロ CITIZEN Quartz CQ(シチズン クオーツ CQ)

朽ち果てた爺様の形見の腕時計がヒョッコリと姿を現し、考えた末に処分するのは止めて、修理して直れば使おうと決めた(前回記事参照)。
「そう言えば、もう一つ壊れた腕時計があったな…」、それは私が結婚する際にオフクロが買ってくれた腕時計だった。
祖父の腕時計が出てきたのは全く予想外の出来事だったが、こっちの時計は自分の意思でガラクタと一緒の箱に入れて置いたのだ…
いつでも処分できるように。

当時、私は結婚する数ヶ月前から嫁さん宅の近くのアパートに移り住んでいたが、食事も風呂も嫁宅で世話になっていたので結婚式の2ヶ月前には
既にアパートを引き払って嫁さんの家に転がり込んでいた。つまり、お婿さん修行を早々とやっていたワケだ。
そんなある日、私は浜松の実家へ帰省した。結婚式の日が迫ってくると休日は静岡と浜松の実家を往来する事が多くなっていたのだ。

ファイル 63-1.jpgその時にオフクロが知人の時計屋を家に呼んだ。 並べられた数々の腕時計を指差して「どれでも良いから」、選べとオフクロは言ったが
高額なモノを選んでは申し訳ないと思って、このクオーツ CQを選んだ記憶が残っている。
私が小学生の頃に婿養子のオヤジが家から出ていって、祖父も亡くなり、長い間、祖母が一番目、オフクロが二番目の大黒柱だった。

その祖母は90歳を越えて、平成16年に大往生した。苦労の連続の人生だったけど、朗らかで他人に優しく、気丈な人だった。
亡くなる少し前に、婆様は苦笑しながらオフクロに言ったそうだ、「ワシが一生懸命蓄えたお金を、みんな、あんたが使ってしまう」と。
昔からずーっと心に仕舞っていた言葉、祖母も祖父も面と向かって一度もオフクロに言えなかった言葉…私はそう思っている。
可愛い可愛い一人娘だったのだから。

でも、甘えていたのはオフクロだけじゃなくて実兄もそうだ、彼は昔から金銭のトラブルが発生すると直ぐに婆様に泣きついた。
ばあさんだって大金を所持してるワケじゃないから、その都度できる限りの金を出したが、積もり積って亡くなった。
婆様にしてみれば愛娘と可愛い初孫に死ぬまで貢いだのだから本望だったんじゃないのか…ああ、私は完璧に屈折している人間だと思う。

クオーツCQを使い始めた頃はデザインがシンプルで薄型なところも好きだった。でも「壊れて動かなくなったのはいつ頃だったのだろうか?」と
真剣に記憶を手繰り寄せてみると、赤いゴルフに乗っていた時は既に他の腕時計を使っていた事を明確に思い出せた。

その頃は頻繁に飲みに行ったり、バイクでツーリングに行ったり、友人と遊びに行ったり、家庭的ではなかった時代で、
同じ境遇の婿養子だった実父が昔、家から遁走した事を何となく自分なりに自分の世界で共鳴し同胞のような気持ちを抱き
「もしかしたら、俺も、オヤジと同じ運命を辿るかもしれない…」と、少しは頭によぎった事もある時代だった。

20年以上も前のCITIZEN Quartz CQ(シチズン クオーツ CQ)を眺めながら、大昔の出来事をつらつらと思い出していた。
それは、施錠して開けたくもない引き出しを無理やり抉じ開けるような行為に等しい…捨ててしまおうか。
ふっ、と「敬老の日」の翌日にオフクロから来たメールを思い出した。あの時は冷淡なメールを返したから、ちょっと心に引っ掛かっていた。

70歳を越えている彼女は今年初夏の頃から携帯電話を持つようになり、メールを打ち始めた頃は「おまえ、何を書いてんだ?」みたいな
平仮名だけ誤字だらけの文章が多かった。秋になった今では、そこそこ上手くなっていて「流石、オフクロ」だと思っていたが、
でも少しずつ、オフクロのメール人格が気に入らなくなっている自分がいた。

このメールは季節の挨拶から始まり「敬老の日には電話も無いから可愛げのない息子だ、たまにはご機嫌伺いをしろよ」みたいな事を
冗談っぽく書いてあり、一人暮らしだから寂しいのか、と思ったがムカッとした感情が先立ってしまった。
「おまえ、夜は遊び呆けて、ちっとは母親らしい事をしたか?」と、小学生の頃の些細な事を今さら掘り起こしても詮無き事だと解っている筈なのに。
それから静岡の寮で初めての、一人っきりで迎えた17歳の誕生日の夜を思い出してしまった。

1時間後、私はパソコンからメールを返した。
「みんなにお願いしているのだが、もう携帯メールは飽いているので、これからはパソコン宛にしてほしい。敬老の日?、こちらのばーさんにも、
何もやってないし何も言ってないから、これが普通だから、気にしないでほしい」…ああ、私は完璧に屈折している人間だと思うよ。

つい最近の、そんな事を思い出しながら、昔オフクロが買ってくれた腕時計を眺めていると「こいつを修理に出してみようか?」という
気持ちになってしまった。私は人に優しくする事も、人から甘えられる事も苦手…そんな偏屈ゆえの反省なんだろう。

ファイル 63-2.jpg  (前回記事、時計屋さんの場面参照)
時計屋のオヤジさんに結婚記念のクオーツ CQを手渡すと、即座に診断が始まったが3分も経たないうちに
「あれ?御客さん、これ、電池を換えたら一応動きましたよ」とニッコリ微笑みながら言った。
昔、電池交換しても本当に動かなかったのだから、私は壊れていると確信していたのに「動いた」と言われた時は、
ただ驚くばかりで信じられなかった。

結局、年月もだいぶ経っているし、もしかして他の箇所も怪しい可能性もあるからオーバーホールを勧められた。
私もまったく同感で、その気だったし、これから使い続けるつもりなので作業をお願いして帰路についた。

信号待ちで停車した時、カミさんの横顔を見ながら「壊れたつもりが壊れていなかったか…」と、何気なく呟いてみた。
私のような屈折した人間には、カミさんのような楽天的な相方で救われる。

その夜に「爺様の腕時計が出てきたが状態は最悪、修理に出した、骨董的な価値は無い、機械式の自動巻きだが、手巻きで
使っていたようだ、心当たりあるか?」、クオーツCQの事はわざと伏せて、こんな感じでオフクロにメールを送った。

オフクロは、そんな古い物がよく出てきたと驚いた様子、でも腕時計には心当たりが無いらしく、適当に使ってくれとの内容だった。
それよりもギックリ腰気味で大変らしい。お嬢さんも歳には勝てないようだ。

私は「お大事に」と一応気遣って「俺が結婚する時に、あんたに買ってもらった腕時計はとっくの昔に壊れて放置してあったが、
捨てるのが勿体無いから、ついでに修理に出した」みたいな内容でもう一度メールを送ったが、オフクロからは返信が来なかった。

でも何となく、母からの返信メールは来ないような、そんな予感はしていた。

修理して頂いたお店 「ムラマツ」 http://www.heavenward.jp/muramatsu/index.html
料金    オーバーホール・電池代/交換料・ベルト代、全てを含めて約7000円

ありがとうございました。