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3月14日・季節の終りに

2004年03月13日更新 フィクションNo10「3月14日・季節の終りに」   No04「M氏再び・・・New-Year's Eve」の続編になります。


(あぁ・・・今シーズンはスキーに行けそうにないな・・・)この頃、M氏の溜息が頻繁に出るようになっていた。
季節は2月初旬の真冬、彼女と別れてからもう1ヶ月と数日が駆け足のように、そして静かに過ぎていた。
M氏と別れた彼女の名前は‘N美’・・・
その彼女の事を早く忘れようと特別に意識していたワケではないが、ただ何となく、飲み会とかスキーの誘いも
すべて断って仕事に没頭し、家と職場の往復を繰り返すだけの冬眠のような毎日だった。

そんな啓蟄を待つような日々を、持て余していたある日の昼下がり、バイク仲間からの、
スキーの誘いの電話に二つ返事でOKしたM氏だった。
それは、自ら強いた禁欲的な日常に厭き厭きしていたのも事実だし鬱積した想いを発散したい気持ちもあったが
心の底は、もしかしたら彼女も来るかもしれない、という漠然とした期待感が支配していた。

スキーに行く当日は、深夜に眠い瞳を擦りながら集合場所のコンビニへと車を走らせた。
今までにもグループで行く場合にはM氏が彼女を迎えに行った事は1度も無かった。
帰りには何か口実を付けてゴルフⅡに乗り込んでくる時もあったが、けっして2人きりにならないように注意を払った。
それは公然の秘密とは言え、人前であからさまな態度はスマートではないから・・・でも
結局、何をやってもバレバレだったのだが。

コンビニの駐車場に仲間の車2台を見つけ、車から降りて挨拶を装い、覚られないように何気なく彼女の姿を探したが
来ている筈はなかった。集まったメンバーは男7人女3人の計10人だった。残念な気持ちとホッとした気持ちが
半々のM氏は、割り当てでC君を乗せて行くことになったが本音は自分だけになりたかった。

ゲレンデではグループで固まって滑っているうちに、皆を撒いて‘何時の間にか彼女と2人になっていた’という
見え透いた手を使う事もあった。これからはそんな小細工を使う必要も無いんだ・・・と思うと
ホッとした気持ちの方が勝っていたM氏だが、なんとなく不謹慎だと思い、少し自分を恥じた。

今回も何時の間にか散らばっていて、M氏はC君とA子の3人組で滑っていた。
久々に‘自由’を滑っている、という思いを満喫していたM氏は、煩わしい事は何も考えず、
ただひたすら滑って、コケて、一服して、リフトに乗って・・・それを繰り返していたが。
時々、この二人は付き合っているのかな?と気になった。2+1のカムフラージュ・・・自分はカムフラージュに
使われているようだと思うと、ちょっと寂しくなってきたM氏だが、それは大きな勘違いだった。

スキー場からの帰りにはA子が「ゴルフに1度乗ってみたい」とC君を追い出して無理やり乗り込んできたが
M氏はA子に対して良い感情は抱いていなかった。
それは、以前彼女との交際について、陰で有る事無い事ウワサを、スピーカーのように撒き散らしていたのを
知っていたからだ。そんなA子だから二人の付き合いの破綻を察知していたようだった。

A子は、彼女の会社の後輩でバイクも同じショップで買ったという話だった。
20代前半で‘女性’というより‘女の子’と表現した方が似合っているし、本人もそれを承知で武器にしている。
こういう子は苦手だ・・・付き合い始めた頃のN美以上にM氏には眩し過ぎる程に映った。

「N美さんとの関係を白状させるっ、って皆に言ってきたわよ」、と屈託なく愉快そうに笑ったA子は
N美と何処へ遊びに行ったのか、とか彼女との間柄を、直球と変化球を絡めてしきりに聞き出そうとしていた。
もう時効だから喋れ、とM氏をそそのかす顔はまるで小悪魔のような魅力を放っていた。

「でも本当は、もう一つ・・・」と普通の女の子の顔に戻って
「バレンタインディーは過ぎたけど」と言いながらチョコレートをM氏に手渡した。
M氏は、この週初めのバレンタインディーには妻からのチョコレート1つだけだったので嬉しく思ったが
さらに小悪魔の詮索は強まり、カマをかけてきたりするので、運転も散漫になり興醒めした。

どうしてそんなに興味深く詮索するのか、素朴な疑問を抱いていたが、2人だけの空間に馴染んできた頃
(オレ自身の事を知りたいんだ・・・)とやっと解った気がした。A子からすればN美のような綺麗な女性が
歳が一回りも違うオッサンと付き合っていた理由とか、M氏の何処に好きになったのか、どうしても
知りたくて知りたくて、それが高じて好奇心以上の感情を持つに至ったのだ。

それ以後、つい最近まで敬遠していたA子とは、戸惑うまま急速に恋の水底(みなぞこ)に堕ちていった。
N美と長く付き合っていたせいか、A子を比べてしまうと話題とか価値観の次元の相違に違和感さえ覚えたが、
女性という意味では思いの外、好い子だった。
特に、こういう付き合いでは、とびっきり陽気な性格が後ろめたい気持ちを忘れさせてくれる。
A子は好奇心が旺盛、楽天家で冒険好きという判り易い性格ともう一つ、M氏が以外に思ったのは
良い意味でも、悪い意味でも、向上心に富んでいた事だった。

A子との付き合いも3月に突入していたある平日の昼休み、思いも寄らない彼女(N美)からの電話に、嬉しさを
隠し切れないM氏だった。別にたいした事じゃないけど、と言ってはいるが、何となく、何かを伝えたいような
いつもとは違う歯切れの悪い喋り方に、A子との事を知って非難めいた事や皮肉みたいな事を言われるのではないか
と身構えていた。結局、そんな話には一切触れる事無く電話を切ったが、嫉妬しているのではとM氏は自惚れた。

それから数日後のホワイトディー、A子と夕食を約束していたが突然キャンセルされたM氏だった。
このまま家に帰ると悶々と不完全燃焼になると思い、適当な相手を職場で捕まえる事にした。
一番最初に目が留まったのはY美だった。20代半ばだが、落ち着いている感じで実年齢より大人に見える。
目立つ程の美人というタイプではないが、何処となく彼女(N美)に似ているオーラを放っている気がして、
以前から気に掛かっていた女性だった。
「おまえ、暇? 夕めし御馳走するけど、どうする?」

Y美は、上目遣いでM氏の顔をまじまじと観察してから、ニコッと微笑み、それならば、
つい最近繁華街から少し奥まった場所に、オープンしたスペイン料理レストランに行ってみたいと言った。

喧騒とした通りから、ちょっと外れると辺りはガラリと変わって落ち着いた街並みの表情を見せる。
青銅風のエントランスライトに照らされて2人で階段を下りると木製ドアの入り口があった。
店内は、間接照明を多用しているせいか若干暗めだが、その明りは柔らく白い塗り壁を包み
地中海様式を現代風にアレンジしてあるような装飾と相まって、控え目ながらシックな空間を醸し出していた。
本格的と言うより雰囲気を楽しむ処と言った方が相応しいかもしれない。

魚介類が盛り沢山のパエリアを目の前にして「どんな処か一度来てみたいと思っていたけど、まさかMさんとね~」と
Y美は臆面もなく笑った。細長く黒いムール貝は見た目より美味しいけど、ムール貝の替わりにアサリが入っていた
お店のパエリアの方が美味しかった・・・なんて思いつつ食べながら、Y美もよく見れば美人だとM氏は思った。
顔のパーツをバラして一つ一つN美と比較すれば全然似ていないのだが、表情といい、何気ない仕草と物言いに、
慣れ親しんだ彼女の温もりと重なった。

食事も進み微炭酸のワインで少しほろ酔いしたころ、1組のカップルが少し離れた斜め後方の席に座った気配を感じ
振り返って談笑している姿を何気なく視ていたM氏は酔いが醒めた気分になった。
‘まさか!’と自分の目を疑ったが、女の方は明らかにA子だった。
A子もM氏の姿を確認すると一瞬、驚いた様子を見せたが態勢を立て直したのか、思わせ振りに足を組み、
頬杖をついて微笑んだ。

M氏には、それが勝ち誇ったオンナの嘲りのように感じた・・・この敗北感みたいのはなんだろう?、と。
こんな‘不毛な関係’に勝ちとか負けとかはナンセンスだと思っていたが、自尊心が泣いているのは確かだった。
今までも充分過ぎる程、低俗だったが更に醜悪な世界に足を踏み入れていたような気がした。
(君はスマートじゃないね・・・)吐き捨てたい気分で一気に流し込んだワインが妙にドブ臭かった。

(あの時の電話、N美はA子の事を忠告しようとしたけど言い出せなかったんだ・・・オレはバカだったよ)
あぁ、そうだったのか・・・と、M氏は苦笑いするしかなかった。

「お知り合いですか?」と少し首を傾げ、前に見た人と違うなぁ・・・、Y美は独り言のように言った。
何それ?、と問うと何ヶ月か前にM氏と彼女(N美)が一緒に歩いているところを目撃したと言う。
「だから、今日はそのヒトとの関係を聴き出そっかな~っと、ちょっと思っていたの」と陽気に笑った。

M氏はトボケてみせたがY美はその話に執着しなかった。A子の事も感づいたのかどうかは解らないがM氏の
爛れた傷にはそれ以上触れず、Y美自身の事を語り始めてからは、彼はもうA子の事はどうでもよくなっていた。
今夜誘ってくれてありがとう、と言ってくれたY美が愛しく思えた。
もし‘恋の予感’のキーワードが‘好奇心’と‘興味心’ならば、Y美と愛を語る事も可能だ。
それとなく会話を誘導し、頃合を見計らって「オレの事、もう少し知りたいと思わないか?」M氏は矢を放った。

一瞬真顔になったY美は、はじらうように瞳を逸らし、それからテーブル上のワイングラスを玩びながら
「うぅ~ん・・・」と困っているそぶりを見せていたが、ほんの僅か頬を染めて微笑んでいた。
「いや、これ以上はいいです・・・恐いですから」と、わざとらしく笑いながら言ったY美に
M氏は旨く話に乗せられて次はイタ飯屋に連れていく約束をさせられた。

店から出れば外は春の嵐のような強い風、Y美には「ちょっと寄る処があるから」と言って別れる事にしたが
本当は、ただ、一人になって頭を冷やしたかった。
Y美は数歩、歩いたところで振り向き「楽しみにしていますから」と言って、バイバイと手を振りペコリと頭を下げた。
遠ざかる、よく似た後ろ姿を咥えタバコで眺めていたM氏は、惜しいけど、もうY美を誘う事はないと思った。

夜空を見上げれば月が輝いていた・・・自らでは輝きを放つことができない月
鬱積した想いは恋の黄昏と共に、夜空で虚ろに揺れる、春の光る風は身体をすり抜けて、季節を奪ってゆく
季節の終り・・・桜の季節は、もう、直ぐそこまで足音が聞こえる

今、終ったような気がした・・・自分の輝いていた季節が


最後の最後まで悩んでいたシーンがあります。それは終わりの方でM氏がY美さんにアタックしている場面
‘・・・・・Y美にM氏は旨く話に乗せられて次はイタ飯屋に連れていく約束をさせられた’という箇所ですが、
‘・・・・・Y美だが、週末のドライブの誘いに、伏し目がちに頷いた’のような感じにしてもいいかな・・・と悩みました。

内容としては、Y美さんは言葉で拒絶しているふりをしているのですが満更でもない様子なので
どちらでも辻褄は合うと思いますが・・・‘週末のドライブの誘い’の方がちょっと露骨かな?とも思います。
ストーリー的に、どうかすると露骨な表現が出やすい話なんですけど、良い感じに納まっているんじゃないかと。

ストーリーは去年の2月頃には既にあったのですが3月14日には間に合わず、その後、放置していた草稿を
引っ張り出して、今年のホワイトディーには間に合わせようと必死こいて完成させました。

本編は「短編小説」としては、短い方ですが、いつもはもっと短い文を創っている自分にしては「長い短編小説」
になり集中力が散漫になったので、「短編小説」をコンスタントに制作している方は偉いと思いました。

  • 2004年03月13日(土)21時21分

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