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Midnight Blues 深夜の再会2

2005年12月10日更新 フィクションNo12-2「Midnight Blues」 (Scene.4~Last Scene)

【Scene.4】
「俺、左利きって知ってた?」・・・いつかの夜に
果てた後の気だるさから回復した身体をベッドに横たえたまま、左手の指で挟んでいるタバコを見せながらM氏は言った。
‘ええ、知ってましたよ、それがどうかしたの?’ セカンドバッグの持ち方や普段の仕草を見ていれば判ると言う。
「いや、何でもないよ」微笑みながら、さり気なく言ってはみたけど
(あぁ、やはり、前の男も‘ぎっちょ’だったんだな)と、匂わせてしまったみたいで後悔した。
左利きの男の場合は女性を右側に置く、その睦みあうベッドの中で場慣れしているとB子の身体が語っていた。

彼女とは幾度となく、ひとときの夜と肌を重ねていたが付き合い始めてから半年後、東京モーターショーに誘って晴海まで
ドライブしたのが物語の最終章になり、呆気無いほど静かな終焉が訪れた。
あの時は早朝静岡を出発し、首都高を芝公園で降りて貿易センタービルの地下駐車場に車を停めてから
竹芝桟橋まで歩き、そこから水上バスに乗り晴海の会場で開幕時間を少し待った。
モーターショー見物は早めに切り上げて横浜に移動、食事とか買い物をしたりブラついたりしながら思惑通り時間を費やし
帰り道で小田原近辺を走っていると、夜の帳が降り箱根のホテルで芦ノ湖を眺めながら遅めの夕食を、そして朝まで。

早朝、歩いて露天風呂に行ったが晩秋の箱根は寒くて
部屋に戻ってから二人で温もりを求めるつもりが、じゃれあっているうちに愛を夢中で求めあっていた。
やがて彼女の肌からゆらゆらと、湯気がたつと思う程の温かくなった姿態は
絡めたM氏の両腕からするりと抜けるとそのままの姿で窓にもたれ遠くの景色を眺めていた。

そのうしろ姿は声を掛ける事を拒んでいるように、そのまま放っておくしか術がなかったが
華奢な肩が寒そうに息をしたから、堪りかねてローブをそっと掛けてやると彼女はホンの少し身体をM氏に傾けた。
‘優しいんですね・・・いつも’B子は遠くに視線をやったまま呟き、それから少し間を置いて
‘前の彼も優しかった・・・’
今までそんな事を言った事もないのに、M氏も以前は意識的に避けていた話題だったが何故今更と当惑した。

‘その彼とMさんって、似ているんです・・・’、同じ左利きと言う意味ばかりではないのは彼にも解っていた。
‘本当は知っていたんじゃないですか?前の彼を’何かを心で決心したように語り始めたが
その言葉に対してどういうふうにリアクションしていいのか躊躇い、ただ黙っているのが思い遣りだと思うしかなかった。

それから彼女との付き合いは、何となくこちらかも向こうからも連絡をしなくて、それっきりになった。何となく?・・・
いや、意識的に。こちらから連絡しなければ向こうからも連絡してこないと判っていた、彼女はそういう性(サガ)なのだ。
晩秋から年末年始の夜なんてアバンチュールには最高のシチュエーションだったが、それを逃したことも惜しいとは思わなかったし
傷みとか悲しみとかは感じなくて、ただ、夜が恋しくなるとB子の優雅な脚線を右脳でトレースした。


【Scene.5】
(あの時・・・Aさんは酔っていたな・・・)
偶然B子と再会した5年前のあの夜は営業課長だったAさんの送別会だった。
あの当時は45歳、バリバリの営業マンだったので突然の退職に驚いたM氏は部署も違うし歳も離れていたので個人的な付き合いは
無かったが、1年中出張で忙しそうに張り切っていたAさんを、小さな会社だから顔は知っていたし仕事での話も当然した事はあった。
退職する理由は奥さんが数年体調を崩しているので奥さんの実家がある四国に引っ越して看病するらしいと聞いていた。

「Aさん、ご苦労様でした」と、周囲に心配を掛けまいと陽気に喋っているA課長に酒を勧めると、
酒杯を左手で差し出したのを見て、彼も‘ぎっちょ’だった事に気がついた。
新年会とか忘年会でも、営業課長とはいえ他部署のAさんにお酌をする義理も義務も無かったので今回が初めてだったのだ。
そんな些細な共通の話題から始まって世間話に花が咲いたが話題が仕事の話に及ぶと俄然熱を入れて喋り、
それは殆ど説教になっていた。‘おまえも俺の歳になるころは仕事人になってろよ!’この言葉が今でも心に突き刺さっている。

酔いが回ってきたせいか少し焦点のズレている目でM氏をまじまじ見て‘おまえは、俺に似ているみたいだな’と
そろそろ呂律が危なそうな口調で言った。仕事熱心でもないM氏だったが、以前の自分と似ていると思っていたようだ。
A課長は今でこそ仕事人だが若い頃には相当やんちゃだったらしい、と聞いていたからsympathyを感じていたかもしれない。
時々大袈裟な言動をしたり声高に笑う、その陽気さが余計にワザとらしく、相当無理していると感じた夜だった。

M氏はその1ヶ月前に退社したB子と、今回のA課長の退社が無関係じゃないと漠然と感じていた。
彼女は社内では地味な存在だったし取引先の男と付き合っていると思われていたので、
まさかA課長と秘密の交際をしているなんて誰も想像しない・・・いや、彼女は他の男どもの興味の対象ではなく
B子に対して密かに好意を抱き遠くから目聡く観察している男はM氏一人だけだった。
そしてA課長の送別会の帰り道で偶然出会った時、その漠然とした邪推は半分は当っていたと直感した。

この夜について彼女は何も語っていないので推測になってしまうが最後の別れの挨拶をしたのかもしれない。
だがM氏からすれば、もしかしたらA課長の後を追って四国について行く相談でもするのか?と考え過ぎ位の不安に駆られ、
探りを入れるつもりもあって誘ってみれば‘今夜は無理だけど良いよ’と言って電話番号も教えてくれたからホッとしたのだ。
それからデートを重ねるようになってもA課長との間柄を詮索するなんてスマートではなかったし、
男と女の関係になってからは、それは確信へと変わったが、もう終った事だからと、知らないように装う事が優しさだと思っていた。

箱根のホテルで聞いた話ではB子とA課長との秘めた関係は今のM氏とN美の付き合いのように数年続いていて
二人とも本気だったが、A課長の奥さんの一件で別れる事を決めたらしい。
奥さんの体調不良にB子との不倫は何も関係が無く、存在すら気がついていなかったようだ。
そして妻が精神的に安心できる故郷に引っ越して看病する事を決断したのは夫として立派な身の処し方だと思うけど、
B子は善い伴侶になるタイプだったから退っ引きならない選択を迫られたに違いなく、
迷い悩んだあげく長年連れ添った妻の元に返った、と思うしかなかった。

(あの時、黙ったまま聞いていた・・・ごめん、俺には重過ぎて、逃げたんだよ)
ローブをそっと掛けた時に華奢な肩から己のすべてを捧げるという彼女の意思が腕に伝わってきたのを覚えている。
ただ黙って聞いているのが思い遣りだなんて所詮、自分への都合の良い言い訳に過ぎないのだ。


【Last Scene】
そんな過ぎ去った日をとりとめもなく想い巡らしていると甘ったるいホワイトソースの匂いに邪魔されて
我に返るとB子の席には2,3品の皿が運ばれていた。
真夜中によく食えるな、と呆れたが体型に似合わず食欲旺盛な彼女の性格を思い出すと何となく胸が熱くなった。
5年の月日が経っても、こんな深夜に偶然出逢った彼女を眺めていると、まだ君との愛の続きが身体に残っているような気がしてくる。

本当に彼女を愛していたのか?なんて、今となってはどうでもいいけど、後生大事に隠しているその優雅な脚線を曝け出せば、
もっと輝いていたに違いない、彼女が気づいていない彼女自身の一番魅力的なパーツが男には凶器に変貌する、
気にも留めていなかった奴等も君に平伏し愛を乞う、そうすれば己に自信が持てたはずなのに・・・
(惜しいな・・・)B子が哀れに思っていた。

席に座ってからのB子はそわそわと落ち着きが無く、M氏の方向をチラッと見たりしたが目線が合う事は無かった。
どうかするとトゲが刺さるように感じるのか、時々全身に注がれる彼の視線に辛い様子さえ垣間見えていたから
苛めているつもりはないけど可哀想になり食事の邪魔をしてはいけないと思い、そろそろ帰ることにした。

B子が思っていた程自分は優しい人間ではなかった、帰る時に軽く声でも掛けた方が気が楽になるのでは、と思うM氏だった。
何か気の利いた言葉を探しながら席を立ち上がった時、こちらを見ている彼女に気がついたが、目線が絡んだ瞬間
僅かに頬を強張らせ俯いてしまった。(相変わらず不器用な女だね、君は)
早く幸せになって、と言ってやりたいが、そんな真っ当な台詞を言える資格は自分にはないし、お互いに洗礼を受け
禁断の果実を齧っている捕囚なのだ、その呪縛から解き放たれる日はまだ遠い先なのか堕ちていくのかも判らない。

M氏が一歩ずつ近づいていくと彼の鼓動は高鳴り、身体は魔法を掛けられたように鈍く重くなった
細く白いうなじを垂れて息を殺し微動だに一つしないB子は、何かを期待しているのか
愛の名残が過ぎ去るのを願っているのか、その瞬間に祈りを捧げているようだった。
そして真後ろを通過しようとした時にM氏の足の動きは止まり何かを喋ろうとした・・・
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外に出ると冬の冷たい雨はまだ降り続いていたからN美の革ジャンを濡らさないように急いで愛車に飛び込んだ。
ポケットの中を探り、いかにも女性用のハンカチを取り出すと革の表面を軽く叩くようにして雨粒を取り除いたM氏は
自分の革ジャンだったら放っておくのに、と苦笑いしながらタバコを銜えライターを手にした。でも、
こんな雨の日に閉め切った車の中でタバコを吸うと余計にニオイが臭くなるのがイヤだったから少しの間躊躇っていたが
「まぁいいか・・・今夜は特別だ」と呟いて、火を点け勢いよく煙を吸い込んだ。

結局、B子に掛ける言葉なんて今更有るワケが無く、そのまま無言で立去ったM氏だったが、その時に‘また、逃げるの?’と、
背で声を聞いた。それは彼女の声ではなくて自分の内の声だったのかもしれないが。
(俺がAさんを超える存在になれるワケがないだろ?)

M氏は自分の吐いた煙りが湿った空気と絡み合い、一層臭味を増して充満していく空間に目を閉じ身をまかせた。
己の心に鮮やかに甦ったB子の残り香を消し去ってくれるように


今年はPC関係の記事が主になってしまい、M氏シリーズは1年ぶりの更新なので鬱憤を晴らすべく気合を入れて創作しました。
そのせいか草稿時はハッキリ言ってエロ小説そのまんまでしたが、格調高い?私のHPに相応しいように徹底的に編集しました。
時系列的にはフィクション03「いつかのクリスマス・イヴに」の1年前を想定しています。
文中では目立たないが重要な小道具の1つになる革ジャンはhttp://duran.jp/vine/index.cgi?no=66の「革ジャン2」がモデルです。
それから心理的には、N美さんと別れた後の話フィクション10「3月14日・季節の終りに」で、N美さんの面影を感じてしまうY美さんを
口説く事を諦める理由の伏線になる過去の交際という設定になっています。

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