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Midnight Blues 深夜の再会1

2005年12月03日更新 フィクションNo12-1「Midnight Blues」 (First Scene~Scene.3)

【First Scene】
12月30日の午前3時、雨のカーテンに覆われたN美の住む住宅街の片隅にM氏の赤いゴルフⅡが静かに停車した。
「おやすみ」と言いながら交わしたKissは心残りを隠し切れず安息の挨拶にしてはdeepになり過ぎて
ついさっきまでの光る姿態を思い出しながらN美を強く抱擁する。
以前は周囲を気にしながら軽くKissをして、車から降りた後は早歩きで家に帰ったものだが
付き合いも4年になると感情を制する事も甘くなり、お互い大胆に振舞う場面も多くなっていた。

「まずいね、近所の人に見られたらスキャンダルだ」 心とは裏腹にM氏が囁いてみても
その言の葉は空しく闇に舞うだけで、‘まだ離れたくない’と己の唇は未練がましく2度3度とN美の唇を求めた。
「大・丈・夫、こんな時間に誰も見ていないわ、雨も降っているし」と彼女もまったく気にしていない風に答えたが
こんな事やっていると時間が幾らあっても限が無いのは二人とも承知していた。

今一度火が点った躰をやるせなさそうな仕草で車から降りようとしたN美は、
傘を差しながら「じゃぁ、大晦日の夜は午前0時になる前に来てね・・・0時過ぎちゃダメだよ」不安そうに彼を見つめた。
二人で午前0時を迎えて一番最初に新年の挨拶をするのは最愛の人・・・それは毎年続けている秘めたCeremony。
「早めに家を出てくるから・・・うん、余裕で間に合うよ」じゃあね、と優しく言うと彼女は安心したように微笑んだ。
そのN美の後ろ姿が自宅に吸い込まれるのを確認するとM氏の愛車も雨のカーテンに向かって消えていった。

「今日は仕事納めで夜は会社の仲間と飲み会になるから」と妻に言って出勤した昨日の朝には
まさかこんな時間までN美と一緒にいるとは思ってもいなかった。
今夜の彼女はM氏の会社より1日早く年末年始休暇に入っていたので普段着の上に革ジャンそして化粧も極控え目。

気合を入れて化粧をしたN美は不安になる程魅力的だが今夜のように素っぴんに近いN美はもっと素敵だと思っている。
M氏にはどう考えても丈の長いセーターにしか見えないニットのミニワンピ、その上に羽織っていた革ジャンはお揃いで買ったやつだ。
その革ジャンも今ではお互いの匂いが染み着いているようで、取り違えて着ていても違和感が無かった。

それにしても・・・と、クンクンと鼻を鳴らして匂いを嗅げばボディーソープの香りが革ジャンの匂いを追いやって鼻腔に纏わり憑く。
(ちょっとまずいかな・・・)こんな時間に妻が起きているワケは無いが身体に残る愛の余韻を消した方が無難だと思った。
いつもならタバコの臭いで誤魔化すのだが、あいにく今夜は雨、こんな雨の日は閉め切った車の中でタバコを吸うと
余計にニオイが臭くなるのがイヤだった。
(あぁ、タバコ吸いたい・・・)M氏はもう、2時間以上吸っていない。

N美からはタバコを‘止めろ止めろ’言われているから会っている時は極力吸わないようにしている。
付き合いも長くなると‘無駄遣いはするな’やれ‘飲み会は1次会で帰れ’とか時々女房みたいな事も言い出すが
そんな所帯染みたN美の戯れ言も満更嫌でもなく妻には見せた事も無い顔で「ハイ、ハイ」と素直に従うふりをしていた。

ハートには火が点いたまま、その逆に咥えたタバコには火を点す事ができずフィルターを湿らすだけの
苛立つ気分をなだめながら運転していたが、やがて雨で揺れる情景から深夜レストランのネオンが浮かび上がった。


【Scene.2】
空きだらけの駐車場に入ると無造作に車を停め、革ジャンを雨に濡らすのを嫌って足早に店内に駆け込んだ。
店内は広く照明も煌々と燈されていたが、人影もまばらのせいなのか一層場の寂しさと冷たさを感じてしまう。
人目を気にする必要もないのに入り口から離れた角の席を確保して、やっとゆっくり紫煙をくゆらせた。

ひとしきり落ち着いたM氏はオーダーした美味くも不味くもない珈琲を飲みながら辺りを何気なく見渡した。
8月の今頃の時間にここへ来た時は喧騒としていた・・・、酔っ払いの濁声、痴話喧嘩、女子中学生の補導、そこには
人生の縮図、恥部があったが、その時と同じ席に座って眺めても、今はまったく別の世界に思える。
‘おやすみ’のつもりの接吻で再び火照った身と心を、死んだようなこの空間に委ねるにはお誂え向きだ。

そうは言っても視線は無意識に女を捉える・・・派手な衣装で化粧の濃い女、長めのタバコを挟む指が綺麗な女、
いずれも連れの男はどうでもいいような風体で、どうせ浮気相手とかスポンサーなんだろう、と勝手に想像していた。
1人っきりで来ている女もいたが、どいつもこいつも皆、隙だらけに見える、魂の隙間が・・・(俺もそうかもしれない)
ああ、なるほど・・・昔この時間帯を‘草木も眠る丑三つ時’と言ったようだ。そうそう魂も眠る時間だ、隙も出来るし魔も微笑む。

N美の柔らかい温もりがまだ残る掌と心の火照りを持て余し、ただ漠然と焦点を合わせるワケでもなく真正面の入り口の方を
ボンヤリ見ていると、ふっ、と気がつけばいつの間にかベージュのコートを着た女が視界に入っていた。
コートについた雨粒を掃いながら伏し目がちにこちらに歩いてくる女・・・?・・・(ぁっ!B子・・・)
思わず声が口をついて出そうになった。

凝視している男に気がついたB子は‘あなた誰?、何故見ているの?’という表情だったが思い出した瞬間立ち止まり
身の起き場所に戸惑っていたのは、たぶんM氏と同じ様に奥側の席に座りたかったのだろう。
それを否応無く遮られたので歩を止めたすぐ横の席に辻褄を合わせるように座ろうとしたが動揺は隠し切れなかった。

B子というのは彼が以前付き合っていた女性だ、そして彼女の洗礼を受けて初めて不倫という禁断の果実を齧った。
(いや、そうじゃない)と、M氏は反論するかもしれない。
(不倫と言うのは結ばれたくても結ばれない恋の事だ、でもB子との付き合いはそんな風に考えた事はなかったから、
それはただの情事だった・・・だから半年で終ったんじゃないのか?)と。

(今は29歳になるのかな・・・)M氏はB子と付き合い始めた頃を思い出そうとした。
あれは確かN美と知り合う1年前、もう5年も前の事でM氏と同じ会社に勤めていたが退社して間もない頃だった。
退社したワケは取引先の男と付き合っていたが失恋したらしいと、当時の社内ではそう噂されていた。
それから1ヶ月経った頃、ある夜に管理職クラスの一人の送別会が終わった帰り道で、ばったりB子と出くわした。

話しかけると仕事で遅くなったと言うB子に遅めの食事を誘ってみたが、あいにく今夜は都合が悪いから‘またね’と断られた。
じゃあ連絡するから電話番号を教えてよ、と言うとB子はすんなり教えてくれた。
‘まだ飲み歩いているんですかー?相変らずですね’そんなような言い方で茶化された記憶が蘇る。
B子が会社にいる間に数度飲み会で一緒になったことがあったが一対一で飲みに誘った事は一度もなかった。

社内では目立つ存在ではなく控えめな人柄でおとなしい性格、何事も男の後ろを歩いていくタイプだった。
綺麗とか派手とか可愛いとか華やかな表現とは縁遠く、顔立ちは悪くはないが、とにかく地味な印象なのだ。
下半身と比べて上半身が痩せ過ぎだから御世辞にも均整のとれた体型とは言えず本人はそれを非常に気にしていた。
強いて喩えれば、ポパイの恋人オリーブがノッポから中背になった姿を想像すればいいかもしれない。
容姿に対するコンプレックスからミニスカートも敬遠していたが、ひた隠していた脚線は優雅に描かれていたのを見逃さなかった。


【Scene.3】
B子が座った席はM氏が座っている奥の席から数えて3つ離れていた。
角の席に座っている彼からは真正面を見据えていればB子の横顔がイヤでも見られるが
彼女からはM氏の様子を伺うには首を横に向けて‘見る’というアクションを意識的に起こさなければならない。
それは彼女にとってはとても居心地が悪いポジションで精神的な立場の優劣も自動的に決定してしまう。

あの頃から比べると少しはケバくなったようにも見えるが、それは魂も眠る時間のせいかもしれない。
昔の男の視線を横で意識しながらコートを脱いだB子は身体にフィットしているタートルネック・セーターを着ていた。
相変らず膝頭の下まで隠しているスカートは残念だが、細身にタイトなセーターでも表起毛でオフホワイトの色が
彼女の貧弱な鎖骨から胸のラインを補正して幾分ボリューム感のある曲線を与えている。

その曲線が呼吸する度に微妙に膨らんだり萎んだりする、染めたセミロングのヘアが若干乱れ、
頬の僅かな表情の変化も、こんな時間に一人っきりの理由なんて横顔を見ていれば判る・・・愛の余韻が、
自分と同じように、ついさっきまでの秘めた恋の物語を静かに奏でていた。

秘めた恋の物語・・・
B子と初めてデートしたのは偶然再会した夜から1週間後の夜だった。ゆったりしたプリーツスカート、
上はブラウスにタイトな水色のカーディガンを羽織っていたから、その逆のコーディネートをやれば、と言いたくなった。
食事をしながら飲んだりしても退社した理由を詮索するような、そんな野暮な話はしないで
どこまでも癒し系で楽しくお酒を、そして次回の約束に繋げるようにM氏は振舞った。

それからは飲みに誘ったりドライブとか夜景とか、いわゆるデートスポットなんかに足を運び接近していった。
男と女の仲も外堀が埋まってしまうと、あとは勢いで自然の流れに身を任せるだけ、行き着ける所まで逝くしかない。
B子から受ける印象は遠くから見ていた時からプライベートで付き合うようになってからも激変するような事はなかったし
夜の性格も見た目の印象と同じで淡白、面白みが無いと言う意味ではないが情熱的なタイプではなかった。

不実の恋は甘い蜜の味だと人は言う、妻以外の女性と、こんな風に肌を絡める事になっても罪悪感は無く、
むしろ初めての秘め事に身も心もときめき、body and soul 蕩ける想いが 夜を焦がしていた。
M氏はいつもベッドに横たわる彼女の肢体を目と手で鑑賞する行為を求めた・・・「見せて」と。
‘私、下半身デブだから・・・’と恥かしそうに言ったけど、それは彼女の思い違いで実際は上半身が痩せているだけなのだ。
明るい照明の下では嫌うから、いつもボリュームスイッチを最小にした・・・その薄暗さがいっそう艶っぽく想像力をかき立てる。

踝から腰にかけて手を滑らせていくと弾力性のある脹脛、程好い太腿から腰周りの肉付き、さらに舐めるように滑らせると
ストンと手が落ちる感触があり、そこを本来は‘括れ’と言うが彼女の場合はその先の曲線が一向に厚みを増さない。
下半身の成熟した女性らしさと、その上半身のギャップがM氏の男の性を強く擽った。

「綺麗な足だね、ミニスカート絶対に似合うよ、トップスはゆったり目でバッチリOK、そうすれば男なんてメロメロさ」彼はいつも
手の動きを止めないで言った。その時だけはB子も乗り気になるのだが、最後までミニスカート姿を拝めるチャンスは巡ってこなかった。
己に自信を齎してくれる程の魅力がある脚線を封印し顔立ちも整っているが、地味な性格で損をしているような女だった。
華やかさなんて後から付いてくるのに。


フィクションNo12-2「Midnight Blues」 (Scene.4~Last Scene)に続きます。

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  • 2005年12月03日(土)20時26分

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