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静かな夜

2002年6月29日 「静かな夜」        「御決断を!」「喪明け」「みち・再び・・・」関連の最終コラムです。

去年の12月25日の夜、私は職場の大先輩で前任者だったNi氏にTELした。
彼はこの年の2月に65歳で退職されていた。
「Niさん?私ですけど・・・例の件ですが落着しましたので・・・」小声で言った。
「えっ!落着したとはどう言う意味だ?おまえ、まさか・・・会社を辞めたのか?」
実は、この一件をカミさんには言い出せないまま、3年と8ヶ月が経っていた。

だから、辺りをはばかるように小声で言ったのでNi氏は誤解したのだ。
「いいえ、その逆です、逆!。無事軟着陸しました。」
「おっ?・・・おぉっ!そうか!良かったな!そうか・・・良かったな」
彼は受話器の向うで「良かったな」を繰り返し繰り返し言った。

人間は、我が身が不遇だと不公平・不平等に敏感に反応する。己の充たされない現実を呪う。
妬み・恨み・憎しみ・・・昔、私の心は荒(すさ)んでいた。
誰彼構わず噛み付く狂犬で、会社も扱いに困っていた半端者だった。
所属部署を転々と廻されたが、ついには進退を決められる事になってしまった。

会社は各部署の担当を集めて会議した。
私を引き受ける部署が無ければ会社から放逐すると言う相談だった。
処遇を相談する位だから、私の居る会社はまだ甘い方だと思う。
普通だったら解雇通告だ。
Ni氏は私を哀れに思って不承不承、私を引き受ける事にしたそうだ。

Ni氏は私の扱いが上手かった。犬を躾る(しつける)ようにメリハリがあった。
仕事が上手くいった時には、その場で「良し、良し!上出来!」と誉めてくれた。
しくじった時には「ダメじゃないか!しっかりせい!」とその場で叱った。
後でぐずぐず説教されたりしても効果が無いのだ。
彼は最古参で実力派。仕事は厳しかったけど、優しい人だった。
娘さんが2人、酒もタバコもやらないオヤジ・・・昔の人は苦労人が多い。
私はNi氏を恩人だと思っている。

私は彼の掌の上でうまく踊らされてしまった。
宿敵天敵さん(Ni氏の上司)にも認められるようになり、Ni氏は55歳で定年を向かえた時に私を後任に推挙してくれたのだ。
その後は私の後見人として職場に留まっていたが65歳になって会社を円満退職された。
彼と同期の営業畑一筋だったHi氏、両氏の送別会を会社主催で盛大に行われたのは
去年の2月の事だった。最古参組はもう誰もいない。

彼の後任になった後、「ぶたも煽てりゃ木に登る」の喩えじゃないが、私は調子に乗り過ぎた。
狂犬は豚になった。うぬぼれるとろくな事が無い。
4年前のある時、天敵さんと感情剥き出しで衝突した。
私は職を解かれた。本当は選択権を与えられたが、我が強過ぎて振り上げた拳を静かに降ろす事が出来なかった。

Ni氏は愚かな私の事を、退職されるまで心配していた。
去年の11月のある日、彼はヒョッコリ会社に顔を出した。
2月に退職されてから初めての会社訪問だった。
「よぉ!」私を見つけ、世間話をひとしきりした後「どうなったんだ?」と訊ねられた。
私は、後輩のN君が後任に指名されたが彼は辞退したので事態は混沌だ、と説明した。
「おまえはどうなるんだ?」私の行く末を気遣った。





Ni氏は受話器の向うで「良かったな」を繰り返し繰り返し言っていた。
「そうか!良かったな!おまえも良かったなぁ~!」・・・これで彼も安心したと思う。
「では、これで・・・」私はTELを切ろうとしたが言い忘れていた言葉を思い出した。
「あっ!Niさん・・・メリ~~クリスマス~♪」
「おっ?・・・おぉ~っ!そうだったな、今日はメリークリスマスだったな、良かったな」

私は心静かに受話器を置いた。

  • 2002年06月29日(土)17時10分

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