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軽井沢へドライブ(カミさんの夏休み) 1泊

ファイル 273-1.jpg8月19日、20日と軽井沢へドライブに行ってきました。毎年、8月の13日~15日には遠出ができないのでこの期間を避けます。
軽井沢は「お気に入り」の場所で、私が20代初めの頃に見ていた夢はメルセデスを駆って旧軽井沢の自前の別荘に行く事でした(笑)。

その夢は99パーセント叶わぬ夢に終わってしまいそうですが、ゴルフ・Audi80と曲りなりにも夏には旧軽井沢を訪ねては雰囲気を楽しんでいました。ここ数年は・・・(いや10年位かな?)軽井沢行きは無くて近場で済ましていました。

私たちが久しぶりに軽井沢へ行こうと思いついたのは「旧沼津御用邸」を訪れた後の7月の初め頃で、軽井沢の心地よいレトロで文化的な雰囲気に触れたくなったのです。

ファイル 273-2.jpg 特に今年は12日~16日までカミさんは結構忙しく立ち回っていたので彼女には良い骨休みになったと思います。A4では1.8アバント時代を入れても初めての軽井沢行きでした。

本当は最低でも2泊3日して旧軽井沢銀座とか明治~昭和初期の浪漫的な文化遺産探訪すれば面白いのに、と思ったのですが残念ながら1泊になってしまいました。

午前9時ごろ静岡を出発、ノンビリ国道52号線を北上。午後2時半頃にホテルに到着、荷物を降ろしてから旧軽まで行く事にしました。賑わうピークは過ぎているので渋滞もボチボチ程度といったところでした。

一番上の写真は 旧軽井沢銀座風景で、比較的空いているところを撮りましたが旧軽ロータリー付近は混雑していました。

数多くの文人に愛された「つるや旅館」、一度は泊まりたい「つるや旅館」・・・相手募集しますから(爆)。創業400年という「つるや」は江戸時代初期に休泊茶屋、旅籠「鶴屋」として開業して明治19年頃から旅館業を営むようになったとパンフレットにあります。明治~昭和中頃までには多くの政財界人・文人達が利用したそうです。

ファイル 273-5.jpg 創業は明治時代という土屋写真店。お店の中には貴重な歴史的価値がある郷土の古い写真がいっぱいあります。

時間があれば旧軽銀座から少し外れた「聖パウロカトリック教会」とか「旧三笠ホテル」まで歩いても結構楽しめるのですが。

ファイル 273-3.jpg 私の自分用のお土産です(笑)。

旧軽井沢銀座で買った「軽井沢高原ビール」と3枚で4000円のTシャツ。

ファイル 273-4.jpgしかーし!帰りに立ち寄った八ヶ岳アウトレットで同じTシャツが3枚3000円だったよ。「やられたっ!」って感じです(爆)。
カミさんとお土産物を買いながら銀ブラして「軽井沢に来たぞ!」って感じを肌に沁み込ませました(笑)。

旧軽ロータリー付近の町営パーキングは屋内駐車です。そこから車を出すと何と!猛烈なスコール!。今まで銀ブラしていた時には雨がふりそうな気配も全然無かったのですが。やはり標高の高いところは天気が変わり易いんですね。

ホテルにて273-6.jpg画像は今回泊まったホテルで唯一「良い雰囲気だな」と思ったホテルに隣接している温泉へのアプローチです。私は温泉を楽しむという趣味は無いカラスの行水派ですが雰囲気は大事ですよね~。
大きな露天風呂は良かったのですけど、今回の宿選びは失敗でした。

それから朝起きた時に何か違和感を・・・。気温が思っていたより低くないんですよ。「あぁそうか・・・」とすぐに納得しましたが。それは今まで利用していた宿は北軽井沢(群馬県吾妻郡)だったのです。場所は浅間山の近くで中軽井沢よりさらに高地だったからでした。高いところの方が気温が低いんですよね。

追分宿にて273-7.jpg帰り道で立ち寄った追分宿郷土館の中の画像です。
館内には古い写真とか資料等が沢山展示されていました。古い浅間山の噴火している白黒写真とか昭和初期の飛行場で複葉機をバックにした写真とかありました。

外人さんたちがこの地を避暑地として選んだだけあって古くから文明的な物と素朴な自然が渾然一体している写真なんかイイですよね。結局、外人さんが滞在する、そうすると時の日本の権力者たちが集まるそして知識人たちもこの地を訪れる。なるほど文化的な匂いがするワケです。

堀辰雄文学記念館にて273-8.jpg 堀辰雄文学記念館、旧堀辰雄邸 「風立ちぬ」。
私も筆を持つ端くれです。堀辰雄文学記念館を訪ねました。館内に堀辰雄の告別式に詠んだらしい室生犀星の自筆による原稿がありました。彼は悪筆だったみたいですね、ちょっと自信持った(笑)。

いや、真面目な話で私は左利きなので(理由にはなりませんが言い訳に使っています)小さい時から字を書くのが下手でコンプレックスを持っていたんですよ。それに一時は室生犀星に傾倒していた頃がありました。現在私の手元に残っているのは詩集「鐵(くろがね)集」しかありません。

鐵は鉄ですよね。私の持っている「鐵集」は昭和45年に復刻された発行部数350部のうちの1冊です。堀辰雄は一高時代に室生犀星・芥川龍之介に師事していました。パンフレットによると室生犀星に伴われて軽井沢を初めて訪れたのは大正12年、19歳の夏でした。以来毎夏を軽井沢で過ごすようになったそうです。

 追分分去れ273-9.jpg 追分、分去れの碑
ちなみに芥川龍之介はドッペルゲンガーを見た為に自殺したと言われていますが死期が近づいてきていたのでドッペルゲンガーを見たのかもしれません。ほら、あなたの横にも自分にそっくりな人が座っていませんか?・・・。

追分分去れの碑を眺めながら軽井沢の地を後にしました。いつの日かまたこの地を訪れようと心に誓いながら。

八ヶ岳アウトレット273-10.jpg佐久市辺りを走行中に携帯がブルブルと震えだした・・・滅多に着信しない携帯電話が(爆)。誰だろう?と思って見ると、上司からだよ。

「何だろう?」と思っても車を止める気がしないので~(笑)。とりあえずコンビニに入って電話しました。この日は土曜日だったが、わが社は出勤日。この話の続きはパソコンのコラム、第十八話・外伝「Down!」でどうぞ(笑)。

画像は帰り路で立ち寄った「八ヶ岳アウトレット」です。何かコメントありますか?・・・いや、何もありません(爆)。ただただ、Tシャツの件で悔しかっただけです。

和紙の里273-11.jpg最後に立ち寄った山梨県「なかとみ和紙の里」です。季節はもう秋ですね~。自然ばかりではなく、こういう素朴なものでも季節を感じるものなんですね・・・。

虹273-12.jpg オリジナルサイズの画像だったらハッキリ判るんですけど・・・どうでしょうか?虹、判りますかね?。雲の様子でも少しは判ると思いますが天気が猫の目のようにコロコロ変わりました。

この後、雨が降っていると思えば道路にも雨が降った形跡が無いところとか山間部は天気が変わり易い。国道52号線もそろそろ終りに近づいた頃・・・走行距離で言うと410Km位かな?、燃料の残量警告ランプが点灯しました。Audi80の頃は600Kmは余裕で走れたのにね。ガス食います、燃料タンクもAudi80より小さいです。

やれやれ・・・と、我が家に帰宅したら、突発的な所要が発生。土曜日の夜と日曜日はノンビリする予定でしたが、それも叶いませんでした。旧軽井沢と追分の雰囲気の余韻を楽しみたかったのですがね。

カミさんもノンビリできたのかな?。
こうして今回のドライブを思い出しながら文章を綴っていると「1泊でも楽しかったな~」と思いました。


[記事の編集履歴]

2007年08月10日 Web Diary(blog)化。
画像はそれ以前のhtmlページのものを移植したので小さいです。

2015年12月 改行など修正。

2020年03月20日 ArchivesからVINEに移転。

  • 2005年08月24日(水)08時24分

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