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No02 サーブあれこれ1「アマゾンとサーブ900」

2002年9月16日 車、よもやま話No02 サーブあれこれ1「ボルボ・アマゾンとサーブ900」

「ボルボ・アマゾン」
私が初めてボルボの名前を意識したのは「アマゾン」と言う車からです。
まだ車の免許を持っていない子供の頃でしたが、ズングリムックリした格好良い車に見えました。
当時いわゆるトッポイ兄さんたちがモデファイして乗っていました。
この頃はすでに中古でしか手に入らなかったのでしょうか?

モデファイと言っても今のようにありとあらゆるパーツが何処からでも手に入る時代ではなかったので
そこはそこ、鉄っちんホイール・ボディーを塗装したり、シャコタンにしたり、ラジエターグリルを外したり位だったと思います。
ミニとはまた次元の違う個性がある車でした。

「サーブ900」
1990年前後だったと思いますが作家の五木寛之氏が小説の中でサーブを取り上げたりして「時の車」になった事がありました。
その頃はBMWの3シリーズが六本木のカローラと揶揄(やゆ)され欧州車ファンは「次の車」を物色していました。
3シリーズは非常に良く出来た車でしたが、みんながみんな乗っているとイヤになるのは世の常で
そこで外車乗りとしては人との差別化を図る為にサーブに白羽の矢をたてたそうです。
その頃はサーブ900がメインだったと思いますが間違っていたらごめんなさい。

外車乗りの中には、ドイツ車に飽き飽きしているけど、他の欧州車では不安だし、
アメ車はノーサンキュウという趣向の方が少なからずいらっしゃいます。
そう言う意味ではサーブなんて言うのは狙い目だったかもしれませんね。
質実剛健と言う、迷信にも近いオーラを発しています。

前期/後期型がありました。後期型は現在の9-3に近いスタイルですから、ここではサーブ900は前期型を指します。
私の地方では当時、西武自販が取り扱っていて国1沿いに店舗を構えていましたのでよく見に行きました。
独特なデザイン、構造もユニークだったようでした。
良くも悪くも個性的で、好き嫌いがはっきりする判り易い車でした。
後期型はGM傘下に入ってから、と記憶しています。

この頃、私はようやくドイツ車との相互理解?が出来つつあり輸入車は販売店網(整備ノウハウ)が命だと悟った頃でしたので
サーブ900に心が惹かれていても次の車にとは本気で考えられませんでした。
ドイツ車+ヤナセ=外車初心者には無難な選択でしたから。

私自身はこの車は好きで、憧れていた車の一台でした。

2018.11.19訂正 アマゾンを間違えていました。正確にはボルボ・アマゾンでした。

  • 2002年09月16日(月)14時26分

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