2002年12月17日 フィクション03 「いつかのクリスマス・イヴに」
いつもの処に車を停車させて、M氏は彼女を待っていた。
カセットテープの曲は「Careless Whisper」から「Last Christmas」に、タバコはもう数本
いつもだったら10分位しか待たされないのに今夜は時計の長針が半周していた。
夜の街は家族連れ、あるいはこれから飲みに行くであろう人たちで賑わっていた。
二人の虚ろな恋はどちらからとも別れ話を切り出せないまま5度目のイヴ(聖夜)を迎え
一回り程歳が離れている彼女も、あどけなさが残る容姿から愁いを纏ったオンナになっていた。
彼女の一番輝いていた季節を独占した現実を心の負担に感じるようになっていたM氏に
退くことも進むことも出来ない迷路に堕ちたような閉塞感が覆っていた。
仲間内、周囲では公然の秘密、Carelessなささやきは旋律を外れた多重唱になっていたけど
二人にはもう隠す事など、どうでもよくなっていた。
想いを貫くと言うより、正直な話疲れたと言う方が正解かもしれない。
もし、彼女との交際が妻に知れたら・・・それは、それでもいいと思っていたし
その方がこの閉塞した状況からエスケイプできるとM氏は思っていた。
彼女は最高の女性・・・最高に辛くて情熱的な恋、そして彼女は教養を与えてくれた
何故自分のような者を好きになったのかM氏には不思議でならなかった。
自分との出逢いが彼女にもたらしたものはバーボン・バイク・嘘のつき方・・・jealousy(envy)
ゆらめく紫煙の如く流れるまま消える虚しい恋
今夜は来ないでほしいと願った・・・今までも何度かこんな気持ちがあったけど今夜は本気で思った。
彼女と会う時はいつも真剣勝負、彼女は顔色一つ言葉尻で気持ちを読んでしまう。
M氏は最後のタバコに火を点け、最高の女性が決して最良の女性ではなかったと思いながら
解放されるのは自分なのか、その逆なのか、どちらでもいいけど、今夜が最後のチャンスだと予感した。
毎年、初日の出を彼女と迎えて、今年こそ彼女と・・・M氏は願を掛けたが
一年の終わりに何も状況が変わっていない虚しい現実から逃避し、切なく甘いイヴを過ごしてきた。
彼女はおくびにも出さなかったしM氏を責めた事も無かったが
そんな呪縛から逃れたかった・・・かもしれない。
外は冬の冷たい夜風、男はコートの襟を立て、プレゼントを小脇に抱えて、家路を急ぐ
子供達は毛糸の手袋、その手をしっかり母親に握られて、暖かそう
若いカップルが、約束できる愛を語りながら、楽しそうに、通り過ぎていく
(オレ、なんで泣いてるんだ?) M氏の瞳に涙がにじんだ。
今夏花火大会のあの夜、楽しいはずなのに彼女が僅かに見せた悲しそうな横顔
ひとしずくの涙のワケが、今理解出来たような気がした。
腕時計の針が恋の終焉を告げる、時の刻みを止めた一瞬のためらい
聖夜の冷たい風は街角に身を密めた蒼い影を小刻みに震わせる
彼は気づかないまま、昨日には戻れない道に車を発進させた。
2002年12月25日追記
イヴを背景に大人の切ない恋を描いてみました。久々の創作でしたので少し難産しました。
映画のワンシーンのような情景が頭の中に浮かんできたら私としては成功だと思っています。
ただし、くれぐれも実話とは思わないで下さい(笑)
文中に出てくるWHAM!の曲「LAST CHRISTMAS」は「最後のクリスマス」ではなくて
「昨年のクリスマス」と言う意味です。