先月(9月)の事ですがガラクタを片付けていたところ、カビが生えた革小銭入れがありました。
この小銭入れは昔からずーっと存在していた事は判っていたのですが、今回はもう処分しようと思ったので念の為に
中を確認すると画像のような古い腕時計が朽ち果て眠っていました。
37年前に亡くなった祖父の形見だった。とっくの昔に紛失したと思っていた爺様の腕時計と久しぶりの御対面。
当時から不動品だったのか私のところに来てから不動になったのか、もう記憶が曖昧になっているので定かではないし
自分の腕に着けて使った記憶もなかった。
形見と言っても良い思い出も無いし愛着もなく、見るからに廃棄処分間違いなしだが暫くの間眺めていた。
何気無く手が動き、指で竜頭を引いて回すと長針と短針は軽やかに廻った。
竜頭を元の位置に戻して右に回してみると、ゼンマイが回っている手応えはなかったが、
細心の注意を払って秒針を軽く押すとピクッピクッと、微動した。
私は「このまま動き出せば良いのに…」と思った。
年代物の汚れたプラスチックの風防を指で触りながら考えを巡らせてみた。
アンティークと言っても普及品だから直したって骨董的な価値はないけど。
「修理してみようか…」
何故そう思ったのか判らない。骨董趣味も懐古趣味もないし、正直な話、祖父に対して特別な思いも感情も持っていないのだから。
兄弟が多かった祖父には子供が1人…私の母。
その一人娘に男児が誕生した時は、とても喜んだという話は聞いている。初孫、それが実兄だった。
実兄は法事とか親戚衆が集まる際に祖父の思い出を酒の肴にするのだが私には語る程思い出が無かった。
インターネットで検索すると、古い機械式腕時計を修理してくれる沼津市の某時計屋さんを見つけた。
沼津市でも限り無く富士市に近い‘原’という場所だから静岡市からは案外近いのも好条件だったのでメールで連絡して直接お店に伺う事にした。
「あれ?御客さん、これ自動巻きの時計なんですが、その部品が外されていますよ」
「それに、風防を固定するベゼルもありません、こっちの方が難しい問題ですね」
時計屋のオヤジさんは修理するジャイロ マーベルを見せながら丁寧に説明してくれた。
「自動巻きが壊れたので、そのパーツを外して手巻きで使っていたのではないでしょか?」と彼は推測していた。
私は、自動巻きの部品を外しても手巻きで使える、というところに妙に感嘆したが、
「ベゼルの方はパーツ単体での入手は難しいので最悪の場合、ケース丸ごと交換します」と言われた時は、
出費が多額になるようならば修理は諦めようと思った。(画像は修理後の状態です)
結局、この日は爺様を時計屋さんに預けて帰宅した。
本当はもう1つの腕時計を預けてきたのだが、こっちの方はまたの機会に紹介したいと思っています。
預けてから1週間後の10月6日(土)、時計屋さんから修理完了の連絡があったので翌日受け取りにクルマを走らせた。
あの朽ち果てた姿の爺様は、文字盤はオリジナルだがケースがピカピカの金色に輝きアナログ特有の動きで秒針がしっかり時を刻んでいた。
ベゼルだけの調達は無理だったのでケースを同じセイコーの「Cronos(クロノス)」から流用したとオヤジさんは説明してくれた。
祖父の正確な生い立ちなんて私は知らないけれど、その父(祖祖父)の代、富士宮で商いをしていたが没落したので浜松の地に
流れ着いたらしいという話を聞いている。本来の本家筋は掛川の地だという事だが今は絶えているようだ。
家計は苦しくても絶えず親戚衆が慕って、それなりに賑やかな家だったが婿養子の実父が家を出ていって、
その後、爺様が亡くなると我が家は寂しくなっていった。
私が知っている祖父は釜炊き職人(ボイラー技士)、生前は着物(大島紬)をピシッ!ときめて日本酒を嗜んでいる姿が印象深く残ってる。
酒は相当好きだったらしい。
職人さんは元来、酒が好きだと思いこんでいる自分がいる…この時計屋のオヤジも酒が好きなのかな、と思いつつ
私は製造業に従事する者として、形見を生き返らせてくれた時計職人のオヤジさんに敬意を表し帰路についた。
この腕時計は冠婚葬祭用で積極的に使う事を決めている。「恥かしくないのか?」って? そんなワケないだろ。
ところで品名は「Seiko gyro marvel(セイコー ジャイロ マーベル)17石 機械式自動巻き」だったのだが、
今はクロノスのケース流用、手巻きなので「Seiko marvelcronos(セイコー マーベルクロノス)17石 機械式手巻き」とでも言うべきか。
修理して頂いたお店 「ムラマツ」 http://www.heavenward.jp/
料金 オーバーホール・ケース代・他部品代・ベルト代、全てを含めて約15000円
ありがとうございました。